2023 1 作・演出についてⅡ


●作家の課題

役者は稽古の期間中、稽古場のなかで、演出家から演技にたいする指摘や助言をうけたり、あるいは稽古後の自分独りの時間のなかで、自身の演技を検証したりして、どこか間違っていたのではないかと考え、自分の演技をやり直していきます。それと同じように、作家も、実際の稽古をみたりして、どこか自分は書き間違えていたのではないかと考え、台本を書き直すことが必要であるように僕は思います。なので、台本は緻密な設計図であるべきだとは僕は思いませんが、「演じられる劇」の踏み台になるような、任意的なあそびを含ませた台本を意図的に書くとしても、芝居作りの土台となるのは台本であり、それがないと稽古は始まりません。台本をどのように書いたら良いのか、あらためて考えてみたいと思います。

台本を書くにはまず、「なに」を書くかの選択があります。「なに」を具体的に言うと、主題(中心となるテーマ)やモチーフ(書く動機となる思想や事柄)です。それらは自分をつつむ現実世界から、関心のある部分を抽出することになるので、どんな主題やモチーフを選ぶかというところで、自分は現実をどうみつめているかという独自の視点を、作家はまず表すことになると言えます。

しかしいま、現実の世界は複雑です。独自の視点はたやすく持てそうにありません。なので、いったんその前に、いまの社会の基本の部分を把握できればと思います。参考にいくつか引用させていただきます。

 現在の社会がニュートラルでもあるけれど、中正的であるけれど、同時に高度な意味合いで管理化、制度化が進んでいる(略)
現在、高度に管理化された社会があります。管理化された社会、制度は、目には見えないけれど、そのこと自体が無垢な感受性の中で大きなウエートを占めてきます。そこでは例えば生まれた時から死ぬ時まで全部決まっているような感じがしてしょうがない。
(糸井重里主宰のサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』吉本隆明の183講演より、1979年の講演から)

40年以上前の講演ですが、現代社会を生きてきた僕たちが、かつて「総中流」とか「平和ボケ」とか言われながらも、心になんとなく抱えていた、どこか窮屈で生きづらく、不安な気持ちといったものを、「生まれた時から死ぬ時まで全部決まっているような感じ」という言葉は、言い当てているように思えます。そしてその「全部決まっているような感じ」は、現在も抱え続けているとも思えます。世の中は一見、平穏無事な、平等や善意が大切にされた社会にみえますが、ほんとうは、社会のなかの隅々にまで、目に見えない制度の管理が行き届いていて、僕たちの窮屈さや不安さは、この現代の社会システムの、ひそかな圧力によるものだと言って良いと思います。

管理化や制度化は目に見えないところで進んでいきますが、21世紀にはいり、目に見えて、情報化が進みました。

 現代消費社会においては、人も、物も、出来事も、データとして即時処理され、記憶の彼方へ追いやられる。内省ではなく処理が、批評ではなく排除が、反芻ではなくアップデートが、優遇される世界

 膨大な情報に、身体性を伴わない、イージーな労力で辿りつけてしまう現代社会では、結果的に、「ここ」という名のローカルな共同体で編まれる歴史が消去されていく。その代わりに、「どこ」にいても、スマートホンひとつで刹那的に愉しめる、現在の連続体としての「いま」がはびこることになる。

 「生活性」を非日常の対義語ではなく、類義語として捉える(略)災害や、紛争や、テロによって、思考がゆがまされる非日常性こそが、明日へとつづくリアル
(岩城京子『日本演劇現在形』2018年)

2020年代にはいり、コロナの流行、ロシア軍のウクライナ侵攻などが起こりました。

 まことしやかにささやかれる第三次世界大戦の開戦もあってはならないことですし、なにより世界中が「楽観」を敵視し「備え」をアラートしはじめている雰囲気が恐ろしくてなりません。日本もその例外ではありません。ウクライナ侵攻をうけて、日本も核共有の議論をするべきだという趣旨の発言を安倍晋三元首相がしました。(略)この「敵に備えよ」のアラートが集合意識を形つくってしまうことは、私は非常に警戒したいと思っています。(安倍元首相の事件が起きる前に書かれた文章です:引用者注
(山本卓卓『バナナの花は食べられる』2022年のあとがき)

いま僕は、いわゆる不条理演劇の芝居を観たいと思わなくなっていますが、それはリアルな現実世界で、不条理としか言いようのないことが、たて続けに起こっているからです。21世紀現在に対応した芝居を観客は観たいはずで、作家はそんな台本を書くべきです。けれども、先ほど「作家はまず独自の視点で世界をみつめる」という風なことを述べて、そのために改めて現代社会について考えてみましたが、正直なところ、独自の視点をもてるような、世界を冷静にみつめる余裕は僕にはないと感じます。何事も即時に処理をしながら、どんどん進む世界の速度に、身体が追いついていかないし、戦争については、どうして今そんなことになっているのか、理解に苦しむことしかできないと思ってしまいます。

ここでひとまず、「なに」を書くかについてはおいておき、台本を書くうえでのもう一つの過程、「どう」書くかについて考えたいと思います。「どう」を具体的に言うと、台詞における、語法(言葉の使い方)や修辞(言語表現上の工夫や技術)や筆致(書きっぷり)による文体です。「なに」をとくに選んでなくても、書きたいと思える文体で、とりあえずなにか書いてみて、そしてその台詞から、どんな場面を書きたいかを探るという風に、イメージを膨らませていく、頭より先に手を動かすというやり方で、書き始めることも可能です。そしてさらに言えば「どう」書くかは、作家が書くという行動を起こすことでもあるので、現実をただみつめているだけではなく、自分はどう現実とかかわりたいかを表すと言えるように思います。

しかし早速、突き当たる壁のようなものを感じました。「とりあえず書いてみる」といっても、もちろん容易なことではありません。格言「見る前に跳べ」という言葉のように、勢いよく手を動かしたい気持ちはあり、もし新しい文体みたいなものを発明できれば、高く跳べるのにと思ったりしますが、気持ちだけで手は動かず、難しさを感じます。先ほど述べたように、書くことは「どう現実とかかわりたいかを表す」ので、いまの複雑な世の中とのかかわり方の難しさといったこともあるかもしれませんが、難しさの理由はそれだけではなく、他にもあるように思います。

 芝居に関していえば、もういろんなものが出尽くしてるじゃないですか。僕らもそうでしたけど、確実に売れていくために、どうしても「ここはまだ誰もやってないだろう」という隙間を狙っていかざるを得ない部分があって。そこからなかなか広がりが生まれないから、いわゆるカリスマ的な存在の人が出にくい状況だったりするんじゃないですかね。
(松尾スズキ『演技でいいから友達でいて』文庫版 三浦大輔氏との対談 2006年)

「芝居はもういろんなものが出尽くしてる」という認識が語られています。このように、台本も、台詞の文体も、様々なものがすでに書き尽くされていて、新しさのあるものを書くことなど不可能なのでは?といった、諦念を誘うような疑問に、いまの作家はつねに襲われていると言えます。

けれども、そこで諦めないのならですが、作家は台本を書かない訳にはいきません。(あとがきをすでに引用してますが)昨年に岸田國士戯曲賞を受賞した『バナナの花は食べられる』から、台詞をすこし引用させていただきます。
(台詞を語る人物は、20代後半の女性で、マッチングアプリで知り合った男たち相手に売春をするセックスワーカー、という人物設定です)

 でも、2020年9月30日午後4時21分が来る前に私が、なぜ私たち、になったのかってことを私はしっかり言語化しておかなければならないと思う。そうしないとなんだか、このお話の中であまりにも私は添え物で、まるで作者や物語の都合で生み出された悪役のような気がしてしまうし、現に、さっきのシーン(男性2人組を罵倒するシーン:引用者注)を見て、なんだか胸糞悪い女だって思った人はいただろうね。あるいはこんなに胸糞悪い女はこの世界日本国に存在しないって思った人もいるかもしれないね。……私という人間を何らかのメタファーだと思ってる? もしそうだとしたら私から言えることはひとつ、私は、そう、思わせた、あえて、ということ。つまりあの時の私があの空間で発したすべての言葉たちは、エンタメであったということ。あの時私は彼らがファンタジーに生きているとなじった。そして私は現実を生きていると高らかに宣言した。でもそんなのって大嘘で、私が現実にあそこにいて、そしてここにいるという自覚すら私にはこれっぽっちもない。私はファンタジーであり、メタファーであり、あやふやな存在としてここにいる。だって私という存在を認識していない地球の裏側にいるどこそこの村のAさんという人にとって私は存在していると言える? 私は彼らにとって人間という総体の中に、世界という総体の中に、日本という総体の中に、いる、かもしれない女、という程度以上の存在になれないわけ、肉体的なコンタクトがない限り。つまりそれってどういうことかわかる? それはね、私は、ここに、存在している、けれど、誰かにとっては、存在していない。ということになるわけ。存在のハーフ・アンド・ハーフなわけ。

モノローグの長台詞で、途中まで引用させていただきました(引用した部分は全体の約3分の2です)。僕は書籍でこの台本を読みましたが、著者の山本卓卓氏の略歴には「加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築する」とあります。たしかにそういう風に思えるのは、たとえばこの台詞では、長過ぎるほど長い、他者が不在の独話という文体をとっていますが、それがいまの情報過多な社会とかみ合い、対応できる文体として、当たっていると思えるからです。そして、そんな文体のなかで登場人物が「物語の都合で生み出された悪役のような気がしてしまう」と、登場人物なのに作品世界(のルール)からはみ出し、自分に与えられた人物設定を嫌がるようなことを語ったうえで、自分は「ファンタジーであり、メタファー」「存在のハーフ・アンド・ハーフ」であると語ります。(一読者として)僕の感想を言えば、価値観が多様化どころか混乱化したような現実世界のなかで、「ここ」という場所が、「自分の存在」が、彼方へ浮遊していくというような、現在の不安がよく表されているように思えて、良い台詞だと思いました。

ただ、読者としてではなく作家として、僕が考えた場合に思うのは、この台詞は作家の主観がすこし強すぎるのではないかということです。演じる役者は、この長台詞にこめられた作家の世界観を現すためには、どう機能すれば良いかといった、機能性重視の演技にならざるを得ないと思え、もちろんそれが役者の仕事だという意見もあるでしょうが、僕は「役者とは、台本に矛盾する存在である」とさきに述べたように、役者は、台本を礎石とした舞台に立ちながらも、みずから自立しなければいけないと考えます。舞台の上で、みずから動き、みずから語るような、(勝手気ままという意味ではありませんが)主体的な演技を目指すことが、舞台の芝居(演劇)には大切であると考えます。なので作家は、自分の思考と登場人物の思考が、別個になることを目指すべきです……とても、難しそうですが。

「台本をどのように書いたら良いのか」について考えてきましたが、正直なところ、すこし行き詰まってしまいました。なにかヒントをもらうため、いささかまた唐突ですが、ここで芝居の話から離れて、漫才の大会「M-1グランプリ」について述べます。

お笑いに関しては、僕はある程度のお笑いファンというのに過ぎません。そういう立場で個人的な考えを気楽に述べたいと思います。ウィキペディア等を参考にしますと、漫才は基本的に、演者が「演者自身」として発話し、その会話の流れによって観客を笑わせる演芸であり、「ボケ」と「ツッコミ」という二つの役割で成り立っていて、現代の漫才のスタイルを大きく二つに分けた場合、「しゃべくり漫才」(トークの掛け合いで笑わせる)と、「コント漫才」(たとえば「お前コンビニの店員やって、俺は客やるから」などと言って、コントに入っていく)に分かれる、とあります。M-1は言うまでもなく、大規模なお笑い賞レース番組で、年に一度放送される人気番組であり、僕も毎年たのしく視聴しています。

M-1に出場するコンビは、面白いと評価されれば予選を勝ち抜いていき、つまらないと評価されれば途中で落選します。「つまらない」とされる、その主な理由について考えてみますと、ベタである(ありきたりで古い)から、また逆に、理解できない(新奇すぎてついていけない、漫才だとは思えない)から、になるかと思います。なので出場するコンビは、「ベタで古い」と「新奇で漫才だと思えない」の板挟みのなかで、ネタで使う話題を、ツッコミの言葉を、ボケの方向性を、創意工夫しながら日々稽古していると想像でき、そしてそれはきびしい格闘だろうとも思えるのは、漫才も「もういろんなものが出尽くしてる」はずだからです。僕が印象に残ったコンビをまず一つ挙げれば、「ボケとツッコミが入れ替わる、ダブルボケ漫才」と言われる、笑い飯です。個人的な感想を言えば、ボケとツッコミの掛け合いで笑わせるというのが漫才の基本、いわば漫才の枠組みですが、笑い飯はその枠に向かって、いまにもはみ出しそうな場所まで攻めて行き、枠をすこしだけ持ち上げて、そのすき間から吹きまれた風による風通しの良さを、観客に感じさせるといった印象です。枠のぎりぎりまで攻めて行くという点で、マヂカルラブリーやランジャタイにも似たものを感じます。その他でも印象に残るコンビは多くありますが、なかでもいちばん僕が印象深かったのは、2019年に決勝に進出した、ぺこぱです。

ぺこぱの漫才を、一部引用させていただきます。コント漫才で、ボケ(シュウペイ)がタクシーの運転手を、ツッコミ(松陰寺)が客をやります。

●タクシーに乗る前
下手側にシュウペイ、上手側に松陰寺。
シュウペイ 「ブーン(下手から上手へ、タクシーを運転してくる)」
松陰寺   「(手を挙げ)ヘイ、タクシー」
シュウペイ 「ドーン(松陰寺に衝突する)」
松陰寺   「いや、いってぇな。どこ見て運転してんだよ…って言えてる時点で、無事で良かった。(観客に向かって)そうだろう? 無事であることが何より大切なんだ。…(シュウペイに)時を戻そう」
シュウペイ 「ブーン(再び運転してくる)」
松陰寺   「ヘイ、タクシー」
シュウペイ 「ドーン(また衝突する)」
松陰寺   「いや、2回もぶつかる…ってことは、俺が車道側に立っていたのかもしれない。(観客に)もう、誰かのせいにするのはやめにしよう。…(シュウペイに)時を戻そう」
シュウペイ 「スーン(再び運転してくる)」
松陰寺   「いや、ブーンじゃなくて、スーンの車…が、もう街じゅうにあふれてる」 

●タクシーに乗ってから
シュウペイ 「あの、お客さん」
松陰寺   「はい」
シュウペイ 「お客さん、いま急いでますか?」
松陰寺   「いや、別に急いではないです」
シュウペイ 「キキー(急ブレーキをかけて止まり、突然寝る)」  
松陰寺   「え? ちょ…ちょっとどうしたんですか?」
シュウペイ 「休憩です」
松陰寺   「いや、休憩…は、取ろう。(観客に)働き方を変えていこう」
シュウペイ 「じゃあ、スッキリしたんで出発します」

●でもまたすぐに、シュウペイは休憩を取る
シュウペイ 「うわぁっ。キキー」
松陰寺   「びっくりした。どうしたんですか?」
シュウペイ 「休憩です(寝る)」
松陰寺   「いや、さっき取った休憩は…短かった。(観客に)そうだろう? 日本人は真面目で勤勉だけど、休憩を取らなさ過ぎだ。だから他の先進国に比べて労働生産性が低いんじゃないのか? 働き方改革って、法律でどうこうできる問題なのか?(シュウペイに)なあ、お前はどう思う?」
シュウペイ 「うるさいなぁ」
松陰寺   「お前…よりは、うるさい…(黙る)」
シュウペイ 「…(突然、右横を向き、下手の端まで歩いていって、横を向いたまま立ち止まる)」
松陰寺   「でも、お前のタクシー運転手、無茶苦茶だぞ。(シュウペイを見て)いや、おい、どこ向いてんだよ? おい、相方、聞いてんのか? …え? 急に正面が変わったのか…?(ステージ上で、方向を見失ったような状態に陥る)」

松陰寺氏は、ツッコミを入れようとしたその瞬間に、思い直してツッコミをやめたり、シュウペイ氏のボケを目の当たりにして動揺し、自分(の常識)に疑問を持ったりします。ボケをツッコむことで作られるはずの区切りがぼやけて、松陰寺氏は、自分に問い続けるような形でステージ上で独りになり、また、ツッコまれないシュウペイ氏も、ボケたまま時間が流れていく形で独りになります。二人でおこなうコンビ芸であるはずの漫才が、独りと独りでおこなわれ、それによってディスコミュニケーション的に停滞していくのではなく、それぞれが「独りの自由」みたいなものを獲得して、ステージ上は不思議と開放的になっていきます。そしてぺこぱの漫才は、独特な掛け合いでネタを進行させているとも言えるので、ぺこぱを「漫才だと思えない」という人はいないと思え、またもちろん、「ベタで古い」と言う人はいる訳がありません。板挟みを軽やかに抜け出しているように見えます。すこし大げさに言えば、ぺこぱは、漫才の枠を両手でしっかりつかみ、大きく揺さぶったと言えると思います。他のあらゆる漫才にたいして差異線を引き、未知の領域を垣間見せることのできたその武器は、「ツッコまない」という、ぺこぱの新しい文体であると思えます。

M-1の決勝にぺこぱが出場した時は、すでに結成11年目だったそうです。それまでの11年の間、ツッコミとボケの役割を替えてみたり、様々な衣装を着てみたりと模索が続いたそうです。当然ネタ作りにおいても、頭を絞りながらネタを考えて稽古をし、ライブで観客の反応をみてそれを検証するという、格闘の日々が続いたに違いありません。そんななかでぺこぱの文体は発明されたと想像できます。なので、それと同じように、「どう」書くかでの新しい文体も、そういう風にして時間をかけなければ、創出できないのかもしれません。

ここで再び、先ほどいったんおいた、「なに」を書くかについて考えてみます。また芝居の話ではなくて、詩人の谷川俊太郎氏の文章から、ヒントをもらいたいと思います。

 私に言葉を択ばせるそのエネルギーは、私たちの使っているこの日本語自身の中にあるのです。時間的にはさまざまに変化しながらも数千年にわたって語りつがれてきた言葉であり、空間的には一億を越えるいろいろな人によって話され、書かれている言葉、その日本語によって私たちは現実をとらえ、決断し、嘘をつき、空想し、苦しんでいる。白い紙を前に待つ私に、日本語はたとえて言えば、大きく深い海鳴りのようにも響いてきます。
 いるのかいないのかは知りませんが、ミューズはもしいるとしても天上の存在でしょう。けれどこの海鳴りのようなものは、地上に属している、いやもしかすると地獄から聞えてくるものかもしれません。だからこそそれは、宇宙の真空の沈黙にまでつながっています。その海鳴りのような魂のざわめきの中に一人のあなたがいます。そして私もいます。詩の言葉は私の中から生れるのではなく、私を通って生れてくるのです。それは私の言葉ではありますが、私だけの言葉ではなく、あなたの言葉でもあるのです。
 私にとって、インスピレーションを待つとは、見知らぬあなたの、言葉にならぬ魂のきしみに耳をすまそうとすることだと言えるかもしれません。自分にその能力があるかどうかを、絶え間なく疑いながらも。
(『空に小鳥がいなくなった日』あとがき 1974年)

この文章に、僕の解釈や感想を長く付け加えることは蛇足だと思えるので、簡潔に述べますと、いまの世の中を正面から見据え、独自の視点を持とうとしても、(僕の場合はですが)難しくなってしまう気がします。なので視点を持とうとするのではなく、静かに集中するようにして、「魂のざわめき」「魂のきしみ」に、自分の耳をすませることがもしできたら、「なに」を書くかの「なに」がようやく、感知できるのかもしれません。