『ダークナイト』2008年アメリカ 監督:クリストファー・ノーラン 主演:クリスチャン・ベール
「ハリウッド映画」と聞いて僕がイメージするのは、お金を湯水の如く使ってそうな、車両や建物等の爆破シーンとか、逆に湯水の如くお金を使って、当分生活が出来る位の、ギャラをもらってるらしいハリウッドスターの、ビシッと決めたアクションシーンや、キリッとした顔のアップとか、スターの男優女優がお互いトロンとした顔をくっつけて、A、時々AからB、まれにBからCまで進んでくれる、ロマンチックなBGM流れるラブシーンとか、予告篇を見ただけで、大体のストーリーが予想でき、見たらやっぱり予想通りというような、分かりやすいストーリー展開とかでありまして、更に細かく述べれば、アクション系の映画では、悪者の人達は遠慮なく次々と、撃たれたり高所から落下したり、運転する車やヘリがひっくり返って燃えたりして、その死に様の累々によって、派手さや興奮度が増してゆく、つまり悪者をいっぱい殺して娯楽性を高める映画という印象で、また恋愛系の映画では、例えば舞台が地味な会社の職場で、登場人物も地味なサラリーマンやOLという、身近でリアルさを感じる設定であっても、「そんな風にうまい事いくかっ」とか「どこの国にそんな奴がおるんかっ」とかのオヤジっぽい口調で、文句を付けたくなる内容、つまり外見は現実的でも中身は非現実的、リアルに見えてもその実ファンタジーという、極めて都合の良い夢を描いた映画という印象で、しかしただハリウッド映画の全部において、いま述べたような事が当てはまる訳ではありませんし、僕が安易に浮かべたイメージを、皮肉をこめて書いてみただけで、その皮肉の裏に隠しているのは、「ハリウッド映画」に対するビビりであり、それは例えば僕の知り合いの年配の方の話で、終戦間もない子供の頃、アメリカ製のイチゴジャムを初めて舐めた時、こんな甘くて頬っぺた落ちそうなモンを食っとるような、余裕のある国の奴らに、戦争して勝てる訳ないやないかと思った、という話があるのですが、このイチゴジャムを食う「余裕」は、映画に湯水の如くお金を使える「余裕」と、そんな余裕の持ち主には絶対かなわないという意味で、通じているような気がし、またアメリカが世界一の大国という地位を築くうえで、ハリウッド産業は多大なる貢献をしたというのも、何かで読んだ事があり、特にハリウッド発のファンタジー映画は、世界中の子供達を「アメリカかぶれ」させるような魔力を持つと言っても過言ではなく、KID時代の僕も確かにかぶれていたし、要するに「ハリウッド映画」とは、その余裕、その魔力が特徴的な、ビビらざるを得ない強者だと言えます。 しかしながら2008年に公開された『ダークナイト』を見た時、強者である「ハリウッド」が初めて、自分の強さに疑いを持ち、傷ついて悩んでいるという印象を受け、信じられないものを目の当たりにした思いで、非常に衝撃的でした。ヒーローが悪者に振り回されっぱなしだったり、ヒロインがまさかの非業の死を遂げたりと、正義感や理想が無様に踏みにじられていて、前述したように今までのハリウッド映画には、見た目はリアルだけど中身はファンタジーなものは数多くありましたが、『ダークナイト』という作品は、見た目はファンタジーだけど中身は思い切りリアルで容赦無く、画期的に思えました。『ダークナイト』の(新生バットマンシリーズでの)前作である、2005年公開の『バットマン・ビキンズ』でも、主人公は数々の試練を受けましたが、映画の中に数回出て来る次の台詞、「人はなぜ落ちる?――這い上がるためだ」が、主人公の行動の基本的な指針であると理解でき、逆境に陥っても出口を探して、前向きに進むバットマンの姿が描かれていたのですが、『ダークナイト』においては、逆境のなか出口が塞がれ、這い上がるための腕をもぎ取られてしまったような姿が描かれています。今までの「ハリウッド」のやり方通り、派手なアクションシーンや爆破シーン等はふんだんに盛り込まれてますが、展開するストーリーは、理想の敗北や、うまくいかない難しい現実に、徹底してこだわって練られたとしか思えなく、ああ……かつて俺達をかぶれさせた、あんなに強かった堂々たる「ハリウッド」が……という切ない思いを、見ていて抱いてしまいました。 『ダークナイト』での悩めるバットマンの姿は、2001年以降の悩めるアメリカの姿と重なるといった評され方もしているようで、またバットマンは理想を掲げるという点で、「核廃絶」を唱える現アメリカ大統領、あるいは政権交代した日本の新内閣と、重ねて見る事も出来るのかも知れません。そして残念ながら思うのは、理想を現実にするのは極めて難しいに違いなく、この先簡単にうまくいかないだろうという事です。『ダークナイト』その後のバットマンがどこへ向かうのか、バットマンが守ろうとしたゴッサム・シティの状況はどうなるのか、全く想像つきませんが、どうやら噂によると続編が製作されるらしいので、これは大いに楽しみにして、公開を待ちたいと思います。 |