2006.3 |
在り来たりな事を言いますが、三月は卒業シーズンで、更に凡庸に重ねますと、お別れ、旅立ちの季節であります。また個人的に連想するのは今が稼ぎ時の引越業者で、以前この時期に引越屋で短期バイトした事があるのですが、そこでは不必要になった家具類を引き取るサービスもやってまして、事務所横にあった倉庫には、それらが乱雑に山の様に積んであり、壊れたり飽きられたりしてゴミにされたモノたちの、無惨な有様などが思い出されます。ちなみに一番の思い出を述べますと、初老夫婦の住む大邸宅での荷積みの際、夫婦の寝室のベッドの裏に、外人ポルノ写真を見付けた事で、それはパツキンのカラミのノーカットのスゴいショットで、旦那様奥様の上品ぶった外見とのギャップがその、何と言うか……このご夫婦の夜のプライベートはどうでもよくて、前出の家具類についてですが、新しい生活のため捨てられた訳であり、やはり今月は比較的、サヨナラの多い月と言えます。 僕がまだ上京する前に観た映画で、タイトルは忘れてしまったのですが、モックン主演で『北の国から』の演出家の方が監督の、バンドマンの青春映画がありまして、それは地方の人気バンドがビックになる夢を描き上京し、(たしか)挫折するとかいうストーリーで、特にヒットした作品でもなく、しかも平日の昼間に観に行ったせいもあり、観客はたった僕一人の、映画館貸し切り状態という少し貴重な体験をしたのですが、そんな僕だけのための映写で観たにもかかわらず、正直それ程心動かされずで、大体『北の国から』も別に好きじゃない自分が、何でこれを観ようとしたのか考えますと、ふるさとを捨て上京するというストーリー上の一点で、僕は今居る場所を離れるとか、いい風に言うと未知への挑戦、自己破壊など、そういった様な事に何故かずっと、憧れ続けていたからでした。 ふるさとを捨てる、つまり「離郷」は二つのタイプに分けられまして、一つは何かの才能が秀で、その道で成功するため応援されつつ家を出るタイプと、もう一つは縛られる息苦しさから逃れるため、裏切る様に家を出るタイプで、前者が目的を達し結果を出して、故郷に錦を飾るというのが、一番理想的な離郷でしょうが、僕は明らかに後者のタイプで、未知へ挑戦するチャレンジ精神よりも、抜け出そうとするエスケイプ精神の方が強く、ニッポン男児にあるまじき、不義理不人情な一面があります。 けれども、エスケイプはある種のチャレンジだという言い訳も不可能ではない気もしてまして、その精神とは、自分にとって安易な拠り所、存在証明みたいなのに埋もれ、その中に浸ってふやけたり、押されて揉まれて消耗したりする事を拒絶したい精神であり、そしてまた新しく何かを自分で築こうとの意志へ、つながっていく部分もあるかと思います。しかし考えてみれば、この新たに築こうとするものは、かつてとは違う拠り所だとも言える訳で、結局エスケイプした先で、別の拠り所を作ろうとする点に着目すれば、自分の背景や存在証明が無い事は、やはり不安な事に違いないと言えます。 僕は最近ひどい寝不足にならない範囲でですが、やや不眠症に近い所があって、睡眠を妨げるその原因は、拠り所を持たない不安であり、寝付かれず輾転とするうちに、例えばお腹が空いて来たりして、子供の頃食べた家の晩ご飯の味、お昼の給食の味を思い出すなど、グーッと鳴らせつつも懐かしむ様な気持ちになって、いくら自分を破壊し改革するだのカッコつけてみたところで、自分を考察するという事は要するに、今まで自分が過ごして来た個人的な狭い環境、家族、隣近所、クラスや部活、職場等について考える事かも知れないと、エスケイプ精神に迷いが生じ、そして逃げて来た昔の拠り所を今度訪ねてみようかと思ったりし出し、けれども新しく築けず何も証明出来ない自分に、訪ねる資格はない様な気もし、そういったフワフワとして背景のない、フラフラとして行き場のない我が身への心配感が、スヤスヤの安眠の邪魔をするという、少し不健全な状態であります。 しかしこの心配感についてですが、拠り所さえ出来れば解消されるとも思っていなくて、その場合今度は逆に、自分が埋没していく様な不安に駆られるに違いなく、僕が離郷、退職と実際に、エスケイプし続けて来た理由はそのためで、そもそも今の苦痛は納得済みなはずでもあります。ちょっと小賢しげな言い方ですが、自分を支える根拠が崩れ、存在証明がホゴになり、何者でもなくなってしまう様な時の、風通しの良さみたいなのにも、ふるさとに対してとはまた違う面で、深い懐かしさに似たものを感じるのです。逃げながら築くのが可能であれば、それが僕の理想な気もし、そしてまた、ちょっとヒネクれた言い方ですが、スヤスヤと安眠をむさぼる健全な人間が作る表現なんかつまらないでしょうし、不健全な奴の方が、見せ掛けの粉飾されたエセ表現に向かいにくいという意味で、表現する上では健全だろうと思います。でもまあ僕も、酔えばすぐにウトウトし出して、そのうちスヤスヤ寝ちゃうんですが。 |