ボタタナエラーヤンキー烈伝

《 その一 》

 あれは中二の夏だった。ある週末の夜、俺と大山は、皆で一緒にテスト勉強をするために、兼子の 家に泊まりに行った。しかし、俺たちはワルだった。勉強など二時間で放り出した。その後は兼子が録音した、菊池桃子のラジオ番組のテープや、ドラマ『毎度おさわがせします』のTV音声のテープを聴いたりしていた。しかしどうも、大山の元気がない。理由を 聞くと、学校帰りに公園の裏山でエロ本を拾い、それを自分の部屋の本棚の裏に隠しておいたところ、その本には虫が湧いていたらしく、それが原因で家中に虫を湧かせてしまったというのだ。                     
「ちかっぱい(ものすごくの意)怒られたっちゃ」大山が呟いた。兼子と俺は、彼を元気づけるような、なにか良いワルだくみはないかと考えた。                                                       「プールさらいに行くっちどうね?今日蒸し暑かろ」兼子が言った。兼子の家の近所に小学校があり、そこのプールに忍びこんで、皆で泳ごうというのだ。水泳部の兼子はちょうど、 スクール水着の海パンを三つ持っていた。早速服を脱ぎ海パンを穿き、その上からまた服を着なおして、兼子の家をこっそり出た。そして俺たちは夜の道を駆けていった。

 「ぬるっとするばい!」一番初めにプールに飛び込んだ大山が叫んだ。暗くてすぐには気付けなかったが、どうやらプール開きはまだだったらしく、プールの底には藻がびっしりと生えていた。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。兼子も俺も構わず飛び込んだ。兼子はバタフライの練習をし、俺と大山は水中プロレスをした。俺はマスカラスチョップをくらったので、仕返しに水中バックドロップをお見舞いした。

 「きさんら、なんばしよーとや!」突然誰かの声がした。声の方を見ると、宿直していた 用務員が懐中電灯を持って向こうから走って来るのが見えた。俺たちは慌ててプールをあがり、びしょぬれのまま急いで逃げた。小学校を出て兼子の家まで、 スクール水着の海パン一丁で夜の団地を駆け抜けた。

 兼子の家に着くと、大山は更に落ち込みだした。俺のバックドロップをくらった時、藻を含んだプールの水を飲んでしまったのが気掛かりらしい。                                                      「腹ん中に虫湧いたらどげんするとね、もう虫はごめんちゃ」彼は言った。その時、兼子が ラジカセにそっとテープを入れ、スイッチを押した。                                                        「南野陽子のナンノこれしきっ」ナンノのラジオのテープがかかった。ナンノファンの大山のための、兼子なりの励ましだった。そして大山は少し元気を取り戻した。俺は自分の足についていた黒い藻のカスを指でつまみ、ナンノのほくろと同じ位置のあごにそれをつけ、大山の方に顔を向けた。しかし、ティッシュであごを拭われてしまった。うまく伝わらなかったらしい。説明するのが恥ずかしかった俺は、一緒にナンノの声に耳を傾けた。
                                                    (おしまい)   




《 その二》  上

 これは中二の一学期、六月第三土曜日のお話。ホームルームで担任が言った。
「明日は何の日か知っちょるか?父の日ばい。親孝行しちゃらないけんぞ」

 土曜なのでお昼で終わって、そして下校の帰り道、俺は兼子と大山と共に、弾けるコーラキャンディを買い食いし、口の中でパチパチいわせつつ、11PMのテーマをシャバダバと歌いながら歩いていた。だけど大山の歌声にいつものような張りがない。理由を聞くと、妹の告げ口によりエロ本が母親に見つかってしまい、全て処分されてしまったと言うのだ。
「エロ本が見たい……」彼は呻いた。その当時から僅か数年後にはアダルトビデオやらヘアヌードやらが氾濫するなど想像だにしなかった、坊主頭の中坊にとって、マイエロ本は宝であり、かけがえのない書物だった。大山の苦しみは痛い程わかった。しかし兼子はまたシャバダバと、しかも吉川晃司の声を真似、かなりふざけて歌い始めた。そんな場合かと彼を責めると、大山のための良いワルだくみを思い付いたと得意そうに言った。

 帰宅し母の作った椎茸だしの妙な味のラーメンを汁まで急いでたいらげて、チャリンコに乗り家を出て、二人と待ち合わせた本屋へ向かった。ワルだくみとは、父の日のプレゼントと称し、エロ本を購入しようという、親孝行を逆手にとった、ちょっと知的なたくらみだった。

 勢いよく店内に入り、それらしいコーナーへと直行したが、すぐUターンして引き返した。いざ行動に移すという段になり、怖じけづいてしまったのだ。やっぱり怪しまれるに決まってる、そんな不安が俺たちをよぎった。しかしこのままでは帰れない。いったん外へ出て近くの自販機の脇でマウンテンデュー、アンバサメロンなどシュワッとしたものを飲みながら、作戦会議を開き、その結果、エロ本というより成年コミックの、例えばマダムとか熟女とかをタイトルに含む、いかにも中高年向けという感じのものを買おうという、兼子のプランを実行することになった。買う役目は俺が引き受けた。緊張しつつも親思いの少年の気持ちになって役作りをし、店に入り目当てのピンクコミックを棚から抜き、そしてレジへ行って係のおばさんにそれを差し出し、「父の日のプレゼントなもので包んでリボンもつけてください」と台詞を言い、そして見事にそのお宝を手に入れた。

 兼子の家までノンストップでチャリンコをとばし、到着して部屋に上がって、リボン、包装紙を引きちぎり、はやる心と期待の中でページをめくった。一ページ、二ページ、三ページ……まず大山が目をそらし、続いて俺も目をそらし、兼子が本を閉じうなだれた。登場人物の年齢の高さ、ストーリーの暗さ、主人公の女の顔がなんか怖いことなどが原因というか、とにかく求めていたものとは大違いだった。大山もうなだれ、どんより沈んでしまった。と、その時俺が閃いた。
「ビニ本の自販機があるっちゃない?」兼子と大山は顔を上げ、ちょっとまぶしそうに俺を見た。
                                                    (つづく) 
  



《 その二》  下

 チャリンコにまたがり三十分、急な上り坂も降りずにこいで、自販機目指して息を切らせた。遠出したのは言うまでもなく、面の割れてる学区内で、もし大人どもに見られでもしたらえらいことで、また自分が秘かに想う子とかに、万が一にも見られでもしたら、俺たちは僅か十三、四年の生涯を、自ら終わりにせねばならぬ。しかし遠出したところでこのワルはたらく俺たちは、目を光らせた大人どもにとって、補導の対象にできる獲物であることに、変わりはないという怖さはあった。

 ようやく俺を先頭に、自販機に面する道路へと到着した。俺がこの場所を知っていたのは、家族でお墓参りに行ったその帰り道、車中でたまたまこの自販機を目にし、つい記憶に刻まれていたからだった。空き家や空き地などに囲まれた寂しげな道路に、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせ、自販機はあった。また兼子が知恵を絞ってくれた。エロ本ゲットに関する一連の行動は、誰かに見られるリスクを減らすため、素早く効率の良い行動が求められる。そこで一人ずつ役目を決めて分担したらどうだろうか。まず一番手の兼子が自販機に金を入れ、そのままその場を去る。そして二番手の大山がボタンを押し、そのまま去る。最後に三番手の俺が取り出し口からブツを拾い上げる。他のプランもないことはないが、このプランが最良だろう。よし、その兼子案で行こう。信じよう。俺たちは戦友同士という気分になった。そして戦闘を開始した。

 俺のチャリのカゴの中の、俺のバックの中のブツが、チャリの振動に合わせて揺れて、踊っていた。勝利でテンション高まった俺たちは、ブルーザー・ブロディのように吠えたり、ヒット洋楽『テイク・オン・ミー』をデタラメ英語で歌ったりしながら、兼子の家まで風を切った。そして家に着きせわしなく部屋に上がって、ジョルトコーラで乾杯したあと、お宝拝見のはこびとなった。……エロマンガ雑誌だった。残酷なことに前のコミックよりマンガの絵は下手くそで、主人公の女の顔はさらになんか怖かった。三人とも無言になり、大山はうなだれて頭を抱えた。泣くかもしれない。戦友よ、大丈夫か。俺はそう思った。すると兼子が立ち上がり、
「ちょっと待っちょれ」と言ってだしぬけに部屋を去り、しばらくして背中に何かを隠し持って戻ってきた。そしてその何かを大山のかたわらにそっと置いた。それはなんと完璧な、高品質の、桃色写真雑誌、数冊だった。彼は言った。
「それ親父のこっそり持ってきたけん、大事に見てや」

 再び俺たちは無言になった。だけどそれはさっきとは真逆の、ピンク色の世界にどっぷり染まった、充実による沈黙だった。しかしその幸福を噛みしめながらも、ふとある疑問が俺の頭をよぎった。最初からこれを大山に見せれば良かったんじゃないか?そう思い兼子の方を見ると、彼はなんだか暗い顔をしていた。……すまん、兼子。お前にとって大切なのは、エロ本を大山に見せればいいということではなく、あいつのために自分自身が力になって共に戦う、戦友のような友情なんだろう。そう思ったとき兼子が言った。
「つまらんわ、お前ら黙って読みくさって。俺、暇やろうが」
そして大山と俺は、彼に雑誌を取り上げられてしまった。
                                                    (おしまい)